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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)540号 判決

主文

被告人甲株式会社を罰金八〇〇〇万円に、被告人株式会社乙を罰金八〇〇万円に、被告人Aを懲役一年六月にそれぞれ処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲株式会社(以下「被告会社甲」という。)は、東京都文京区本駒込○丁目○○番○○号(昭和五九年九月二〇日以降は同都中央区東日本橋○丁目○○番○○号)に本店を置き、調理器具の卸売販売等を営む資本金二〇〇万円の株式会社、被告人株式会社乙(以下「被告会社乙」という。)は、同都豊島区駒込○丁目○○番○○号(同六〇年七月二九日以降は同区巣鴨○丁目○○番○○号)に本店を置き、調理器具の小売販売等を営む資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被告人A(以下たんに被告人という。)は、右二社の各代表取締役として各会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人は、

第一被告会社甲の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上及び受取手数料の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上

一昭和五六年六月二九日から同五七年五月三一日までの事業年度における同被告会社の実際所得金額が二二九七万三一九四円(別紙1修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年八月三〇日、同都文京区本郷四丁目一五番一一号所在の所轄本郷税務署において、同税務署長に対し、その欠損金額が二〇五万七二〇九円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和六二年押第七〇一号の1)を提出し、そのまま右処分による納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税八六八万八六〇〇円(別紙5の(1)ほ脱税額計算書参照)を免れ

二昭和五七年六月一日から同五八年五月三一日までの事業年度における同被告会社の実際所得金額が一億二八二六万七四九五円(別紙2修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年八月三一日、前記本郷税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三七万九〇一四円でこれに対する法人税額が一〇万八九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま右処分による納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税五二九〇万七三〇〇円と右申告額との差額五二七九万八四〇〇円(別紙5の(2)ほ脱税額計算書参照)を免れ

三昭和五八年六月一日から同五九年五月三一日までの事業年度における同被告会社の実際所得金額が五億五三八九万八八〇九円(別紙3修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年八月三一日、前記本郷税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六四八万四八二三円でこれに対する法人税額が一九九万一七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま右処分による納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額二億三八八三万五五〇〇円と右申告額との差額二億三六八四万三八〇〇円(別紙5の(3)ほ脱税額計算書参照)を免れ

第二被告会社乙の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五八年九月一六日から同五九年八月三一日までの事業年度における同被告会社の実際所得金額が六八一四万三五六六円(別紙4修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である同年一一月三〇日、同都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署において、同税務署長に対し、その欠損金額が二三六万四五八三円で納付すべき法人税額はない旨の法人税確定申告書(同押号の4)を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税二八五二万一九〇〇円(別紙6ほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

法律に照らすと、被告会社甲の判示第一の一ないし三の各所為及び被告会社乙の判示第二の所為は、いずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当するところ、いずれも情状により同法一五九条二項を適用し、被告会社甲の所為は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において処断し、各処断刑の範囲内において、被告会社甲を罰金八〇〇〇万円に、被告会社乙を罰金八〇〇万円にそれぞれ処する。被告人の判示各所為は、いずれも法人税法一五九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処する。

(量刑の事情)

本件は、アメリカ製調理器具の卸売販売を営む被告会社甲及びその小売販売を営む被告会社乙の各代表取締役である被告人が、判示のとおり不正の行為により甲の昭和五七年五月期以降三期分の法人税二億九八〇〇万円余及び乙の同五九年八月期の法人税二八〇〇万円余を免れたという事案である。そのほ脱額は、合計で三億二六〇〇万円を超える巨額にのぼるうえ、その税ほ脱率は通算で九九パーセントを超える高率である。

本件に至る経緯をみると、被告人は商品先物取引関係の会社を転々とした後、昭和五五年秋ころ、妻がアルバイトとして販売していたアメリカ製調理器具セットが、輸入価格四万円程度のものが一八万ないし二〇万円で売れ、利幅の大きい商品であることに着目し、アメリカの業者から直接輸入して卸売販売しようと考え、同五六年一月ころ渡米して家庭用品販売会社と交渉し、調理器具セットの日本における総販売元となる権利を取得し、同年六月被告会社甲を設立してその代表取締役となり、急速に業績を伸ばしたが、被告人は、右調理器具を自ら小売販売することによりさらに大きな利幅を取ろうと考え、同五八年九月被告会社乙を設立し、被告会社甲から仕入れた商品を小売りするようになつたところ、被告人は当初から納税意欲に乏しく、両被告会社の所得をすべて将来の営業資金に投入して業績を拡大しようと考えており、各法人税の申告については、創業一期目は赤字申告、二期目は僅かの黒字申告、三期目は過少申告後本店を税務署の管轄外に移転して税務調査を困難にするとの基本方針に基づき、甲の設立当初から売上及び受取手数料の一部を除外するなどの方法により脱税を敢行してきたものである。

犯行の態様をみると、被告会社甲においては創業一期目に二二〇〇万円余、二期目に一億二八〇〇万円余、三期目には五億五三〇〇万円余の所得を得たが、同社は青色法人でありながら正規の帳簿類を殆ど備え付けず、被告人は申告時期に顧問税理士に対し、すでに売上の一部を除外した内容不正確な売上帳や当座照合表、普通預金通帳の写、手形小切手の控、一部領収書等を渡す程度で、税理士に試算表を作成させたうえ、さらにその数字を恣意的に動かす等して虚偽過少の申告を作成するよう要求し、また被告会社乙においては、決算時期に同社名義の普通預金口座等から約七一〇〇万円を引き出して簿外としたうえ、顧問税理士に指示して約七二〇〇万円の架空仕入を計上するなどして赤字の試算表を作成させているのである。

弁護人は、本件においては顧問税理士が、被告人に対し積極的に脱税を慫慂指導し、かつ自ら事前の所得秘匿行為及び不正申告行為に深く関与しており、この点を被告人の量刑上有利に斟酌すべきである旨主張するが、関係証拠によれば、本件においては顧問税理士は被告人の脱税意図を知りながらこれを抑止せず、被告人の要求するまま試算表上の数字を適宜動かす等して辻褄の合うようにし、結果として被告人の思いどおりの申告書を作成し、脱税の結果を招来させた事実は認められるが、同税理士は、被告人の行つた事前の不正工作の全容をあらかじめ知らされていたわけではないうえ、所論の主張するように税理士の方から被告人に対し脱税を慫慂したり、積極的に不正工作を指導した事実は認められず、したがつて、右税理士に職務上の義務違反があるからといつて、これを被告人の情状に斟酌すべきであるといつてもおのずから限度があり、とくに有利に斟酌すべきものではない。

以上のような本件の罪質、動機、態様及びほ脱の結果等に徴すると被告人の刑責は重いといわなければならないのであり、被告人の行つた所得隠匿工作のうちには必ずしも強固な脱税目的によらない部分や、税務調査により比較的容易に不正を捕捉される部分があること、被告人が本件の摘発により自己の非を悟り、捜査及び公判を通じて一貫して事実を自白し改悛していること、ほ脱結果については両被告会社とも同六一年三月に修正申告を行い、国税本税を全額納付し、附帯税及び地方税についても相当部分を納付していること、両被告会社はあらたに委嘱した顧問税理士の指導監督のもとに経理体制を改善したこと、本件の新聞報道等により被告会社は経営不振に陥り、被告人個人も相応の社会的制裁を受けていること、被告人には前科・前歴がないことその他被告人の年令・経歴・家族関係等被告人のため斟酌すべき諸般の情状を考慮に入れても主文程度の懲役刑(実刑)は免れない。

(求刑、被告会社甲につき罰金一億円、被告会社乙につき罰金一〇〇〇万円、被告人につき懲役二年六月)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官小泉祐康)

別紙〈省略〉

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